
除雪作業に悩む雪国住まいの筆者が、腰痛をきっかけに外注を選択。自作融雪ホースとの費用比較や得られた気づきをリアルに綴ります。
雪と腰痛と、そして「継続は力なり」
冬の暮らしの中で見つけた新たな気づき
私の座右の銘は、「継続は力なり」。
これは学生時代からのもので、特に何か特別なきっかけがあったわけではありません。
ただ、続けることが苦手だった私にとって、この言葉は一種の戒めであり、目標でもありました。
このブログもその精神で続けています。
内容がどうであれ、まずは「書き続けること」が私の最低限の目標です。
読んでくださる方がいることが何よりの励みであり、継続のモチベーションになっています。
今年の冬は、ひと味違った
さて、今年の冬は例年に比べて格段に雪が多く、正直参りました。
私の住む地域は、毎年それなりに雪が降るものの、今年は桁違いでした。
昼夜問わず降り続く雪、朝目覚めれば膝上まで積もっていることも珍しくなく、天気予報を確認してはため息ばかりついていました。
ニュースを見ても、普段は雪に慣れていない地域までもが大雪に見舞われていて、「ああ、やっぱり異常気象なんだな」と実感しました。
雪が珍しい地域では、交通マヒや物流の遅れも深刻だったようで、こちらとしては他人事ではない気持ちで見ていました。
そんな中で、つい意地悪な気持ちが芽生えてしまったのも事実です。
「たまには雪かきの苦しさを味わってみてください」
と(笑)。
もちろん、心の中だけの話ですよ。
実際に慣れていない方が雪かきで腰を痛めたなんて話を聞くと、「あるある」と頷きたくなってしまいます。
でも、そんな雪でもふとした瞬間に、私は今でも心を打たれることがあります。
風もなく、しんと静まり返った朝。ふわりふわりと舞い降りる雪を見て、思わずこうつぶやくことがあります。
「なんて綺麗なものが空から降ってくるんだろう」
白く輝く雪の粒が、街の喧騒を吸い込むように降り積もり、あたりを真っ白に染めていく光景は、どこか幻想的で、心を落ち着かせてくれます。
まるで時間が止まったかのような、そんな特別な静寂があるのです。
ただし、それが吹雪となり、車のフロントガラスが見えなくなるほどになってくると、一気に感動は薄れます。
家の玄関が開かず、外に出るのにスコップ片手で格闘しなければならない朝は、「ああ、また除雪か……」と現実に引き戻される瞬間です。
でも考えてみれば、人間って余裕があるときには、何でも美しく見えるものなのかもしれません。
視点や心の状態ひとつで、同じものの見え方がガラリと変わる。
雪という自然現象は、そんな“心の鏡”のような存在なのだと思います。
除雪トラクター、今年は稼働せず
私の実家は農家でして、毎年冬になると使わないトラクターに除雪用のアタッチメントを取り付けて、駐車場スペースの雪かきを行っていました。
早朝のまだ薄暗い中、エンジン音を響かせながら真っ白な雪をかき分けていく作業は、ある意味冬の風物詩のようでもありました。
長年このルーティンを続けてきましたが、今年は事情が違いました。
というのも、昨年末から腰の調子がかなり悪く、医師からも「無理は禁物」と言われていたからです。
実際、少し重たい物を持っただけでもズキンと痛みが走る状態で、とてもトラクターに乗り込んで長時間の作業をする余裕はありませんでした。
無理をすれば、もしかするとできたのかもしれません。
けれど、年齢を重ねるにつれ、「無理をすればその後にツケがくる」という経験も何度となく味わってきました。
若い頃のように無理を押し通せばいい、というものではないのです。
そこで今回は思い切って、地元で建設業を営んでいる知人に除雪をお願いすることにしました。
実は彼も以前から「いつでも声かけてくれれば手伝うよ」と言ってくれていたので、遠慮なく甘えることにしたのです。
もちろん、プロに頼む以上、無料というわけにはいきません。
1回あたり2万〜3万円という料金が相場です。
しかし、それで腰をさらに悪化させて寝込んでしまったら元も子もありません。
除雪の翌日に寝たきりになるようなリスクを考えれば、必要経費として十分納得できる出費です。
むしろ、体を壊す前にそうした“頼る判断”ができたことに、自分自身ちょっと成長したような気がしました。
若い頃の私は、他人に頼ること=負けのように感じていた節がありましたが、今は「自分の体を守ること」も立派な選択肢の一つだと思えるようになったのです。
融雪装置 vs 除雪業者、どちらが得か?
実は私の店には、いわゆる立派な融雪装置はありません。
屋根から配管で温水が流れるような本格的な設備ではなく、ホームセンターで揃えたパーツで作った、自作の「融雪ホース」だけで対応しています。
このホースを駐車スペースに張り巡らせ、水道水を流して雪を溶かす──仕組み自体は単純です。
しかし、これが思った以上に費用がかかるのです。
雪が多いと、1日中水を出しっぱなしにする必要もあり、水道代だけで1か月に20万円を超えることもあります。
とくに気温が低い日が続くと融けにくくなり、さらに水量が必要になります。
この金額は、経営する上ではなかなかのインパクトです。
しかも、気温や積雪量はコントロールできないため、「かかるときはかかる」と割り切るしかないという状況でした。
ところが、今年は事情が違いました。
前述のとおり腰を痛めたことで、自分で除雪をするのが難しくなったため、プロの除雪業者に頼むことにしたのです。
依頼費用は1回あたり2〜3万円。
雪が多かったとはいえ、10回程度の出動で済みました。
単純計算しても20〜30万円程度。
水道代と比べて、ほぼ同額です。
しかし、実際に比較してみて気づいたのは「費用対効果」の違いでした。
水道での融雪は、長時間流し続ける必要があり、労力こそないものの、放っておくわけにもいかず、こまめな確認が必要です。
逆に業者に頼めば、短時間で広範囲を一気に除雪してくれるため、時間も精神的な負担もかなり軽くなりました。
これまで私は、「除雪は自分でやるもの」「融雪にかかる費用はやむなし」と考えていました。
でも今年、体の不調で行動を制限されたことが、固定観念を見直すきっかけになりました。
体調・労力・費用──すべてを天秤にかけたうえでの最適解は、必ずしも“自分でやること”ではなかったのです。
今後は、雪の量や自身の体調を見ながら、「プロに頼る」選択肢も積極的に取り入れていこうと思います。
必要なのは、がんばることではなく、“うまくやる”ことなのかもしれません。
痛みが教えてくれた“新しい視点”
結果的に、今年の冬は例年とまったく違う形で乗り切ることになりました。
毎年当たり前のように自分でこなしていた除雪作業を人に任せ、水道ホースでの融雪を見直し、費用や時間の使い方に対する価値観まで大きく変化したのです。
そのきっかけを与えてくれたのは、何とも皮肉なことに「腰痛」という“トラブル”でした。
もちろん、痛みなど無いに越したことはありませんし、正直に言えば、日々の生活で感じる不自由さやストレスは想像以上でした。
でも、振り返ってみれば、その痛みがあったからこそ、私は今まで考えもしなかった視点から生活を見直すことができたのです。
たとえば、費用対効果の概念一つとっても、従来は「自分でやる=節約」という単純な図式で考えていました。
しかし、腰を痛めて動けなくなったことで、「自分の時間」「体力」「健康」という見えないコストにも目が向くようになりました。
たった数万円の出費で、体への負担を軽減でき、なおかつ作業の質まで高められるなら、それは決して無駄な出費ではなく、“投資”と呼べるものではないか──そう考えるようになったのです。
「ピンチはチャンス」という言葉は、正直これまで少し陳腐に聞こえていました。
でも、実際に自分の身に起きてみると、その言葉の持つ深さと真実味を実感します。
そして、こうして日々の気づきを振り返る場として、このブログを続けているからこそ、私はこの変化を“自分の言葉”として咀嚼し、受け入れることができたのだと思います。
だからこそ、やはり私はこう思うのです。
「継続は力なり」
毎日が劇的に変わるわけではない。
だけど、小さな変化を見逃さず、記録し、言葉にすることで、やがてそれは大きな学びとなって自分の中に積み重なっていく。
たとえ派手な成果がなくても、コツコツと続けていくことの意味は、必ずあとから自分に返ってくると信じています。
今日もまた、この場所で感じたことを綴りながら、春の訪れを心待ちにしています。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。