
中国との関係が冷え込む今、かつて一緒に働いた中国人アルバイトの彼を思い出す。国を超えてつながった日常の交流から見えてきたものとは。
中国と日本って、海を挟んですぐ隣同士の国なのに、どうしてこんなに仲良くするのが難しいんだろう?と感じることがよくあります。
特に最近は、テレビをつければ尖閣諸島の領海・領空侵犯のニュースが流れ、「またか…」とため息が出てしまう場面もしばしば。
国家間の緊張感が高まるニュースを見るたびに、「日本って本当に自分の国を守れるのかな?」と不安になることもあります。
そんな中、ふと思い出すのが、以前うちのコンビニでアルバイトをしてくれていた中国人の留学生のことです。
礼儀正しく、真面目だった「りゃん君」
彼の名前は“りゃん君”(仮名)。今でもはっきり思い出せるほど、印象深い存在でした。
りゃん君は、とても礼儀正しくて、人懐っこい性格。仕事にも手を抜かず、いつも一生懸命に取り組んでくれました。
お客様対応も丁寧で、スタッフ間の会話も自然と和ませてくれるような雰囲気を持っていました。
正直、初めて中国人留学生を採用する時は、スタッフ間にも多少の戸惑いや偏見のようなものがあったのは事実です。
特に年配のスタッフは「文化が違うと気を使うし、意思疎通も難しいんじゃないか」と不安を口にしていました。
しかし、そんな心配はすぐに払拭されました。
りゃん君は、日本語も上手で受け答えもスムーズ。
笑顔でのあいさつを欠かさず、ゴミ出しや掃除などの雑務も嫌な顔ひとつせずこなしてくれる。
彼の真面目な姿勢に触れるうちに、スタッフたちの見方も変わっていったのです。
国の事情より、目の前の人との関係
私たちが感じていた「中国人って…」という漠然とした偏見は、りゃん君との日々のやり取りを通じて少しずつ溶けていきました。
彼の口から語られる中国のこと、たとえば喫煙文化についての話なども印象的でした。
「中国では18歳か19歳からタバコが吸えるけど、マナーが悪い人が多くて、ポイ捨ても日常茶飯事です」と語ってくれた彼は、むしろその現状を嘆いていました。
「あれは恥ずかしい文化だと思います」
と真顔で話す彼の姿には、日本人の私たちと変わらない感覚があるんだな、と親近感を覚えたのを覚えています。
中国屋台事情とカルチャーショック
ある日の夜勤中、ふとした会話で中国の屋台について聞いてみたことがありました。
私は屋台文化に対してどこかワクワクした印象を持っていて、
「屋台では何が食べられるの?」「どんな味?」「安いの?」
と興味津々で質問攻めしてしまいました。
ところが返ってきたのは意外な答え。
「あまり美味しくないですよ。僕は食べないです。衛生面が不安なので」
とバッサリ。
彼にとっては、屋台=危険という感覚だったようで、基本的に外食はレストランと決めていたとのこと。
この答えにはちょっと驚きましたが、同時に
「食の安全意識って国を超えて共通する部分もあるんだな」
と思いました。
そして、彼が育った家庭環境がある程度恵まれていたことも伺えました。
お金の使い方や価値観からも、非常にバランスのとれた若者だったと思います。
無邪気な会話と、国際情勢のギャップ
実は、りゃん君とはアルバイトを辞めた後も、しばらくメールのやり取りをしていました。
彼は帰国後も何度か
「今は中国でこんな仕事をしています」
とか、
「日本で働いた経験が役に立っています」
と近況を伝えてくれました。
でも、ここ数年は連絡が途絶えてしまっています。
私の中にも、「今のこの情勢の中で、どんな話をしたらいいのか分からない」「政治の話には触れたくないけど、無視するのも不自然」という迷いがありました。
少しの言葉の選び方で、相手を不快にさせてしまうのではないか。そんな不安が、連絡を取ることへのハードルを上げてしまっているのです。
個人と国家のはざまで
人と人としての関係性はとても良好だったのに、国家間の関係が悪化すると、それに引っ張られてしまう。
そんな現実のもどかしさを、ここ数年で強く感じるようになりました。
きっと今もどこかで、私たちと同じように「国同士は対立していても、個人としては理解し合いたい」と願っている人はいるはずです。
でも、その声が政治やニュースにかき消されてしまっているのが現状です。
りゃん君と出会えたことで、「中国人」というひとくくりの見方がどれほど浅はかなものかを学ぶことができました。
彼は私たちにとって、ただのアルバイトではなく、一緒に働く仲間であり、時には文化の橋渡しをしてくれる大切な存在でした。
最後に
とりとめのない話になってしまいましたが、最近のニュースを見ていて、どうしても彼のことを思い出さずにはいられませんでした。
今も元気で頑張っていると信じていますし、またいつか、何気ないやり取りができる日が来たらいいなと願っています。
国籍や政治ではなく、「人と人」としてつながること。
そんな小さなつながりが、いつか大きな関係改善のきっかけになるかもしれない——
そんな希望を込めて、今日はこのあたりで締めたいと思います。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。